2008年03月25日

基準のはなし

ネバヤちゃんの記事に蛇足をば。。というか、弁解。。

ネバヤちゃんの評価、何年経とうと変わらないです。
私が成長したらその分、ネバヤも進化しているので、
やっぱり尊敬する気持ちは変わりません。
あと、いろいろ尊敬していると
ネバヤのだらしないとことか頑固なとことか欠点が見えたら幻滅するっていう公式、
私にはあてはまりません。
それは評価に関係ないのでございます。
長所やら短所やらといふのは、
その人の性格(信念)とTPOとの兼ね合いで一時的に&一方的に決まるものでありますから
そういふ甚だ不埒な基準で
ネバヤちゃんをはかるつもりは毛ほどもございませぬ。
ネバヤちゃんをひとつの宇宙として考えておりまする故
そのなかで びっくばん やら 超新星爆発 やら ぶらっくほおる など
もろもろ渦巻いておる、
その森羅万象としてのネバヤちゃんが
大変に愛しいのでございます。
ネバヤちゃんのなかの片隅の、遠浅の海で
安穏に泳がせていただけるのが
もったいないくらい幸せなのです。

・・・という訳で
私は、ネバヤちゃんが自分を評価するものさしとは
かなり異質なものさしで見ておりますので
差異があって当然なのです。
また、その評価が一緒にいる時間やら私の精神的成長などで(成長すんのか微妙だ)
変わるという心配も
あんまり意味が無いのでございます。

恋人である私が、ネバヤを、「世間一般的に」評価することほど
あほらしいことは無いんだじょ!!!
私の独善的基準で見させていただいています。
ネバヤがそれを嬉しいか嬉しくないかは・・・えー・・orz

やっぱ「大多数が納得する」基準で
「大多数が納得する」判断をされたほうが
嬉しい、ですよね・・・・・・orz

※世間一般とは具体的に何か、
大多数とはどう統計をとったのか、などの手厳しいつっこみからは
逃げさせていただきまする;おゆるしをばっ。

posted by 綿埃雪 at 00:00| 古い日記